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痛み  [おかあさん]

母が最後の在宅療養中、ある日から訪問看護婦が来なくなってしまいました。
理由はともかく、無責任な医者と看護婦のコンビでした。
看護婦が自分で言うには、この二人は、要するに不倫の関係なのでした。

この頃の記憶は全体におぼろげで、はっきりと憶えていたはずの部分も少しずつ消えつつあるようです。


末期にもかかわらず、医者が不在。
このままでは癌の痛み止めが切れてしまうので、なんとかしなければとわたしは焦っていました。
いちばん初めに母の癌が発見された近所の病院で処方してもらえないかと思ったのですが、当時大塚にあった癌専門の大病院に転院して手術した後は、本人がその病院を受診したことがありません。
母の命はおそらくもう長くはありません。ちょっと難しいとは思いながらも、わたしは会社を休んで、とにかくひとりでその病院に向かいました。
痛み止めさえ手に入ればいいのだと思いました。


母の診察券がどこにあるか分からず、病院の受付で新しく作ってもらったのですが、用紙に生年月日を間違えて書き、間違いのままのカードが作られてしまったことに後で気付きました。

やがてわたしの順番になり、診察室に入ると、初めて見る院長先生の診察でした。
わたしは、母の状態を話し、フェンタニルパッチが欲しいと訴えました。それは貼るタイプの痛み止めですが、最後の母にはそれがいいのだとわたしは思っていました。

院長先生は、

「これは、本人が受診しないと……。この病院で最後に見てから、かなり時間もあいてるし……」

と言いました。それはもっともな言葉です。
わたしは焦り、

「痛み止めはもう切れるし、飲む薬ももう無理だし……。痛み始めたらどうしよう……。訪問看護の医者はどこに行ったんだ!?」

と、うわ言のようにうなりました。訪問看護は、この病院と全く関係はありません。
わたしのそばには、二人の看護婦がいました。
一人は診察の補助のためだと思いますが、もう一人は行き来のために通りかかってたまたまここで足を止めていたのかもしれません。
わたしは弱り、うなりながら看護婦の顔を見上げました。
すると、二人の看護婦のうちの一人が、

「先生!! 出せますよ!!」

と、大きい声で言いました。
すると、院長先生は、

「だって、麻薬処方箋だろ? これ」

と、その看護婦に言いました。
すると看護婦は、

「薬局に在庫があるかきいてみます!!」

と言って、その場で外にあるグループ経営の薬局に電話してくれました。そして、

「あるそうです!! すぐ出せます!!」

と言いました。
院長は、彼女の勢いに押され、処方箋を書いてくれました。


わたしは薬局に寄り、薬を受け取り、すぐに家に帰りました。
そして、おかあさんに、

「いい痛み止めをもらってきたよ。もう安心だ」

と言うと、母は薄目を開け、

「そうか」

と静かに言いました。
わたしは、心からほっとしていました。
でもこの時点で、もう長くないのが明らかでした。


次の日、会社に父から電話が来て、おかあさんがもしかしたら危ないから帰って来いとのことでした。
わたしが家に戻ると、母は呼吸が上がっていました。
わたしは、今までの痛み止めの座薬などで体温が下がっている母の手を握って温めました。

そして、母は夜の6時ちょっと過ぎに永眠しました。
わたしは悲しくて泣きましたが、もう母が苦しむことはないということに、心からほっとしていました。
少なくとも、もはや奇跡が起こらない最期の場面に、わたしは立ち会うことができたのです。


こうして書いてみて、いくつかの事実に省略があるにせよ、なんだか一部まずいことを書いたようにも思えます。
本人の診察無しで、痛み止めをもらってきたことです。
しかし、わたし自身、脊髄の神経部分に腫瘍ができたことがあり、その痛みの壮絶さから、癌の痛みがどんなものか想像に難くありません。
(もちろん、誰もが痛いわけではありません)

特別な痛み止めを欲しがったわたしと、それを理解して、診察せずに出してくれた人。
いいか悪いかはともかく、それでも全ては遅すぎました。

どうして母が初めに症状らしきものを訴えたときに、癌だと気付いてあげられなかったのかと思います。
喉につっかえるような感じがあると、ずいぶん前から言っていたのです。

それは、胃癌には典型的すぎる症状でした。


タグ : 在宅療養
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コメント 2

あい。

医者である前に、患者である前に、みんな同じ痛みや喜びを
感じることのできる人間であることを忘れないでほしい・・・
そんなメッセージをこの文面から感じました。
確かに規則は必要だし守るべきだと思います。ただし、これは
人間社会を住みやすくするために必要であるだけで、決して
苦しめるものであってはならないと考えます。
自分以外の人の痛みがわかるというのは、自分も痛みを知って
いるかららしいですね。医学に精通している医者よりも、痛みを
知っている医者がいいなと思うときがあります。
by あい。 (2013-11-03 10:55) 

HM

あい。さん、コメントありがとうございます。
痛みは、なかなか分からない感覚ですね。すぐに治まる軽い痛みなら普段みんな経験してるだけに。
そこはある程度は仕方がないとして、どうしても流れ作業的になってしまう医師に流されないように、家族が協力することが大事だと思っています。

by HM (2013-11-03 20:04) 

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