いざ出発! [WDS第一章-2]
パンティーンの手をとるように通りに出た大統領は、手をあげてタクシーをとめました。
そしてせかすように彼女を先に乗せ、自分もすべるように乗り込むと、
「どこかよさそうな観光地まで! ハネムーンにふさわしい、海外の観光地!」
と大きな声を出しました。
「観光地もいろいろありますなあ。京都もよろしいが紅葉はまだでおすなあ。逆に、どんなところがよろしいおすのん?」
大統領はゆっくり話す運転手を、
「いいから早く! 海外のハネムーンにふさわしいところって言ったら、頭を使って黙って行きなさい! プロでしょうが!」
と怒鳴りました。
心が高鳴るとき、人は往々にしてせっかちで声高になるようです。
こういうときって、本人はあくまで機嫌がいいんですよね。
やや迷いがありながらも走り出したタクシーの中、パンティーンが大統領の顔をのぞきこむようにして言いました。
「大統領も、守備範囲が広いな!」
何のことでしょうか。
でもさすがハネムーン(のふり)です。大統領は以心伝心で彼女の質問の意味をはっきりと理解し、こう答えました。
「なあに、見よう見まねでやってみただけさ。何事も経験が大事とこの業界(?)言われているからね。
ああ、もちろん、その気(け)はないのよ! うん、ないの!
監守を殺(や)らなければ脱出できないであろうあの状況で、機転を利かせたわたしは誰をも傷つけることなく、脱出したのだ。
文字どおり彼を“昇天”させてね……」
何だか得意げな大統領です。
あんなにはりきらなくても、部屋の窓もエントランスの扉も、開いていたんですけどね。
気分が高揚しているときにしたことっていうのは、後で思い出すと、当初感じていたほどの意味も理由もなく、ましてやカッコよくもなく、それどころか周囲に大きな驚愕と誤解を与え、気付いたときには後の祭り。ということがままあります。
正気に戻ったあと、自分に対してわき上がる嫌悪感と後悔の念にさいなまれる大統領を見たいものですね。
「男が男をセーフクするってのはね、ある偉大な研究者、名前は出してくれるなと言われているんだが、センセイによると#△○□……」
大統領のご機嫌演説はとだえることなく、ホモセクシャル論にまで踏み込みつつあるようですが、隣りのパンティーンはあどけない顔をして眠りに就いたようです。
徹夜であれだけ飲んだんですから、ふたりとも眠ったほうがいいですね。
大統領も、偉そうな格好に足を開いて眠り始めました。口を開けた馬鹿な寝顔もとても満足げです。
タクシーは、浴衣を着た二人の妙ちくりんな観光客(しかもハネムーンとおっしゃる)を乗せて、海岸沿いの高速を軽快に飛ばしました。
(まだ運転手はどこに行くか決めてないみたいですが……)
そしてせかすように彼女を先に乗せ、自分もすべるように乗り込むと、
「どこかよさそうな観光地まで! ハネムーンにふさわしい、海外の観光地!」
と大きな声を出しました。
「観光地もいろいろありますなあ。京都もよろしいが紅葉はまだでおすなあ。逆に、どんなところがよろしいおすのん?」
大統領はゆっくり話す運転手を、
「いいから早く! 海外のハネムーンにふさわしいところって言ったら、頭を使って黙って行きなさい! プロでしょうが!」
と怒鳴りました。
心が高鳴るとき、人は往々にしてせっかちで声高になるようです。
こういうときって、本人はあくまで機嫌がいいんですよね。
やや迷いがありながらも走り出したタクシーの中、パンティーンが大統領の顔をのぞきこむようにして言いました。
「大統領も、守備範囲が広いな!」
何のことでしょうか。
でもさすがハネムーン(のふり)です。大統領は以心伝心で彼女の質問の意味をはっきりと理解し、こう答えました。
「なあに、見よう見まねでやってみただけさ。何事も経験が大事とこの業界(?)言われているからね。
ああ、もちろん、その気(け)はないのよ! うん、ないの!
監守を殺(や)らなければ脱出できないであろうあの状況で、機転を利かせたわたしは誰をも傷つけることなく、脱出したのだ。
文字どおり彼を“昇天”させてね……」
何だか得意げな大統領です。
あんなにはりきらなくても、部屋の窓もエントランスの扉も、開いていたんですけどね。
気分が高揚しているときにしたことっていうのは、後で思い出すと、当初感じていたほどの意味も理由もなく、ましてやカッコよくもなく、それどころか周囲に大きな驚愕と誤解を与え、気付いたときには後の祭り。ということがままあります。
正気に戻ったあと、自分に対してわき上がる嫌悪感と後悔の念にさいなまれる大統領を見たいものですね。
「男が男をセーフクするってのはね、ある偉大な研究者、名前は出してくれるなと言われているんだが、センセイによると#△○□……」
大統領のご機嫌演説はとだえることなく、ホモセクシャル論にまで踏み込みつつあるようですが、隣りのパンティーンはあどけない顔をして眠りに就いたようです。
徹夜であれだけ飲んだんですから、ふたりとも眠ったほうがいいですね。
大統領も、偉そうな格好に足を開いて眠り始めました。口を開けた馬鹿な寝顔もとても満足げです。
タクシーは、浴衣を着た二人の妙ちくりんな観光客(しかもハネムーンとおっしゃる)を乗せて、海岸沿いの高速を軽快に飛ばしました。
(まだ運転手はどこに行くか決めてないみたいですが……)
整髪料をつけてないとき若く見られて困るそうです [WDS第一章-2]
行く先は風任せのハネムーン客を乗せたタクシーはカックンと止まり、二人は目を覚ましました。
「着きましたよ、ここは観光地としてとても有名であり、そら、あそこをごらんなさい、お客さんたちと同じような海外からと思われるカップルがちらほら。
もしここに不満があるなら、それはこの観光地ではなくその人たちの仲に問題があるものと観光協会長も胸を張っています。
有名なオブジェが思ったより小さくてガッカリとかなんとかいう声もあるにはありますが、それも国に帰れば旅行の土産話のひとつ。
さあ。あなたたちは、すぐにでも降りてハネムーンを満喫したくなっていることでしょう」
あれこれ苦心して海外にやってきた運転手は、この到着地に文句を言わすまいとしているようです。
実際、カップルと言うのは時に厄介なものなのだそうです。
大統領とパンティーンはタクシーを降り、辺りを見渡しました。
「きれいな都市だな!」
目の前にはミュージアムのようなドームや近代的なビルが見え、どこかの都会的な海辺のようです。
パンティーンはここがとても気に入ったようです。
大統領も、
「ビーチではないようだが、気候も暖かくてよろしい」
と言いました。
そこへ運転手も降りてきて、大統領を見てニヤニヤしています。
運転手もここで少し休憩してから帰るのだな? よろしい、と解釈した大統領に運転手は近づいてきて、なんだか恥ずかしそうに笑っています。
大統領は声をひそめて、
「なんだね? キミも欲しいのか?」
とききました。すると運転手は「ええもちろん」と答えました。
「ハネムーンの最中の新郎をそそのかすとは、まったくなんたることだ!」
大統領は激昂するところでしたが、料金のことだと気付きました。
財布を持っていないことを気付いた大統領は、このハネムーンの行方にイチモツの不安を感じつつも、さらに声をひそめ、
「官邸宛ててで。要するにツケでお願い」
と言ってウインクしました。
財布を持たずに旅に出てしまい、思わずいたっずらっぽくウインクしてしまうというような元気なタイプの馬鹿者をまさか大統領とは思えない運転手に、大統領は自分の髪を七三に分けて見せて、大統領であることをアピールしました。
確かに似ているがと、いぶかしげな運転手でしたが、
「わかったらさっさと帰ってちょうだい! ハネムーンなの! 帰りなさーーい!!」
と怒鳴られ、慌ててタクシーに乗り込み、かけたエンジンはキュルンと一度エンストして車体は左右に揺れましたが、何とか出発して公道をユーターンしました。
パンティーンは、海の中に立つ、有名らしき動物のオブジェの方向に歩いています。
大統領も追いかけました。
すぐに日差しでじんわりと汗をかきました。
ここは熱帯地方にある都市のようです。
大統領がパンティーンに追いついて、ふたりが振り返ると、今来た道を120km毎時で帰るタクシーがもうずいぶん遠くに見え、そしてそれはすぐに視界から消えました。
「着きましたよ、ここは観光地としてとても有名であり、そら、あそこをごらんなさい、お客さんたちと同じような海外からと思われるカップルがちらほら。
もしここに不満があるなら、それはこの観光地ではなくその人たちの仲に問題があるものと観光協会長も胸を張っています。
有名なオブジェが思ったより小さくてガッカリとかなんとかいう声もあるにはありますが、それも国に帰れば旅行の土産話のひとつ。
さあ。あなたたちは、すぐにでも降りてハネムーンを満喫したくなっていることでしょう」
あれこれ苦心して海外にやってきた運転手は、この到着地に文句を言わすまいとしているようです。
実際、カップルと言うのは時に厄介なものなのだそうです。
大統領とパンティーンはタクシーを降り、辺りを見渡しました。
「きれいな都市だな!」
目の前にはミュージアムのようなドームや近代的なビルが見え、どこかの都会的な海辺のようです。
パンティーンはここがとても気に入ったようです。
大統領も、
「ビーチではないようだが、気候も暖かくてよろしい」
と言いました。
そこへ運転手も降りてきて、大統領を見てニヤニヤしています。
運転手もここで少し休憩してから帰るのだな? よろしい、と解釈した大統領に運転手は近づいてきて、なんだか恥ずかしそうに笑っています。
大統領は声をひそめて、
「なんだね? キミも欲しいのか?」
とききました。すると運転手は「ええもちろん」と答えました。
「ハネムーンの最中の新郎をそそのかすとは、まったくなんたることだ!」
大統領は激昂するところでしたが、料金のことだと気付きました。
財布を持っていないことを気付いた大統領は、このハネムーンの行方にイチモツの不安を感じつつも、さらに声をひそめ、
「官邸宛ててで。要するにツケでお願い」
と言ってウインクしました。
財布を持たずに旅に出てしまい、思わずいたっずらっぽくウインクしてしまうというような元気なタイプの馬鹿者をまさか大統領とは思えない運転手に、大統領は自分の髪を七三に分けて見せて、大統領であることをアピールしました。
確かに似ているがと、いぶかしげな運転手でしたが、
「わかったらさっさと帰ってちょうだい! ハネムーンなの! 帰りなさーーい!!」
と怒鳴られ、慌ててタクシーに乗り込み、かけたエンジンはキュルンと一度エンストして車体は左右に揺れましたが、何とか出発して公道をユーターンしました。
パンティーンは、海の中に立つ、有名らしき動物のオブジェの方向に歩いています。
大統領も追いかけました。
すぐに日差しでじんわりと汗をかきました。
ここは熱帯地方にある都市のようです。
大統領がパンティーンに追いついて、ふたりが振り返ると、今来た道を120km毎時で帰るタクシーがもうずいぶん遠くに見え、そしてそれはすぐに視界から消えました。
なぜか健全なひととき [WDS第一章-2]
海の中に立つオブジェの口から、水が吹き出るように出ていました。
「マーライアン。思ったより小さいんだな!」
とパンティーンは言いました。
「ああ、これが噂のマーライアン? 陸地にももう一基いるよ、そこ」(←一基…)
「もっと小さいな!」
ふたりの周りでは観光客が、それぞれ記念撮影したりしてはしゃいでいます。
いろんな国の言葉で話していますが、おそらく今のふたりと同じような他愛のない会話を楽しんでるのでしょう。
ただし、浴衣姿の観光客はこのふたりだけでしたが。
まあそれも、他の観光客の皆さんには土産話のひとつとして、それぞれの国に持ち帰っていただきましょう。
楽しくて調子に乗った大統領が、
「もし海を泳いであそこまで行って、口をふさいで出てる水止めたらいくらくれる?」
と言うと、パンティーンは、泳がずしてここからマーライアンをそそのかして振り向かせ、幸せそうな観光客どもをびしょ濡れにしたら10万SGD、と言いました。
大統領は思わずウハっと笑って、負けずに、泳がずしてむしろマーライアンにここまで泳がせ、観光客どもが喜んだその瞬間にそそのかして振り向かせ、幸せをびしょ濡れにしたら100万SGD、と言いました。
それならこういうのどう? それなら……、とふたりで楽しく会話したものです。
それでそんなささやかで楽しい時間も、ややもてあまし気味になったころ、パンティーンが
「ナイトサファリに行きたい!」
と言い出しました。
まだお昼のようですが。
「マーライアン。思ったより小さいんだな!」
とパンティーンは言いました。
「ああ、これが噂のマーライアン? 陸地にももう一基いるよ、そこ」(←一基…)
「もっと小さいな!」
ふたりの周りでは観光客が、それぞれ記念撮影したりしてはしゃいでいます。
いろんな国の言葉で話していますが、おそらく今のふたりと同じような他愛のない会話を楽しんでるのでしょう。
ただし、浴衣姿の観光客はこのふたりだけでしたが。
まあそれも、他の観光客の皆さんには土産話のひとつとして、それぞれの国に持ち帰っていただきましょう。
楽しくて調子に乗った大統領が、
「もし海を泳いであそこまで行って、口をふさいで出てる水止めたらいくらくれる?」
と言うと、パンティーンは、泳がずしてここからマーライアンをそそのかして振り向かせ、幸せそうな観光客どもをびしょ濡れにしたら10万SGD、と言いました。
大統領は思わずウハっと笑って、負けずに、泳がずしてむしろマーライアンにここまで泳がせ、観光客どもが喜んだその瞬間にそそのかして振り向かせ、幸せをびしょ濡れにしたら100万SGD、と言いました。
それならこういうのどう? それなら……、とふたりで楽しく会話したものです。
それでそんなささやかで楽しい時間も、ややもてあまし気味になったころ、パンティーンが
「ナイトサファリに行きたい!」
と言い出しました。
まだお昼のようですが。